「え〜っと、レイちゃん達が来てくれたおかげで『風向き』みたいなのが変わったんだと思うんだ。どの石精霊かまではちょっとわかんないけど、少なくとも一人は居場所が分かったよ」
そこまで言うとジルコンは、今いる『ヴェルトロ』を指さしそのまま斜め上、つまり北東の方向へ指を動かす。紙面上で止まった指先は淡い青に塗られた比較的広い位置を指さしていた。
「……『ベルギリウス』か?」
「ここ、何?」
きょとんとした瞳で春日がカサンドラを見上げる。
「湖。んなとこにいんの?」
少し顔をしかめてカサンドラが言う。
「間違いないよ、ここの中♪」
「「「「「……中?」」」」」
「うん、中vv」
にっこりと笑って言うジルコンと嬉しげに頷く春日は至極無邪気だった。

「中って中って……中ぁ!?」
一時恐慌状態に陥ったカサンドラは放って置かれることになっているらしい。
「とりあえず、ここまでの交通手段を考えないとな。……馬か、チェンバーは乗れるか?」
「……乗馬経験は無いぞ?」
「馬……乗れない……」
「コトナとカスガは乗れないのか……レイは?」
「乗れるぞ、その『チェンバー』とやらは見たことも無いが」
「「えっ!?」」
「……乗れるんですか?」
平然と言う澪に琴菜と春日は驚きの声を上げる。エレンも恐る恐るといった風情で聞き返す。
「同じ国から呼ばれたんじゃ無いのか?」
恐慌状態からいつの間にか戻ってきていたらしいカサンドラが問いかける。
「……お前、私とは京都の町中ですれ違いかけたんだよな?」
「あぁ……そうだったな」
澪の無表情な顔にわずかに怪訝な色が浮かび始める。
「……それがどうか……言ってなかったか?」
「何を?」
「俺の育ったトコ、京都じゃないって」
ケロリと言ってのけた澪の言葉に唖然としていたのは琴菜だけだった。

「北海道、ねぇ……」
翌朝、厩に案内されまずは練習だと連れてこられた広い空き地。
馬を与えられた途端いきなり体重を感じさせない動きでひらりと馬にまたがり、悠々と乗りこなしだした澪を驚きと共に眺めながら琴菜がなるほど、と呟いた。
「お、アイツ知らない人間振り落とすの大好きなのにすげーなー。上手い」
琴菜に手綱を渡しながらカサンドラが感心したように澪を見やった。
乗馬経験の無い琴菜でも綺麗な乗り方だと思う。乗りなれているのだろう。
「……そんな気性の荒い馬をいきなり渡したのか」
「馬たりねーんだよマジで。シャルロッテはまぁ大人しいから大丈夫だろ。」
悪気のない声で言い放つカサンドラに琴菜がため息をつく。
「えらく豪華な名前だな」
呆れ顔で傍らの馬を見上げる。しかし、その名に相応しい、上品で優しい目をした馬だと思った。
「ああ、厩番の趣味なんだトニーっての本人は。ついでにあれがエリザベスであれがアイリーンであれが」
「もういい」
「ちなみにオスでもそういう名前」
「……そうなのか」
こいつはどちらだろう、と琴菜が見上げるとシャルロッテが優しげな栗色の瞳で不思議そうに見返した。

「そうそう体は水平でーうん筋いいじゃん」
はじめこそ戸惑ったものの、しばらく乗っていると段々コツがつかめてくる。
上から見える馬の毛並みはつやつやとしていて大事に育てられているのが解った。
「へぇ、初めてなのにもうそこまで乗れるのか」
馬に乗ったまま、澪が軽快な動作で近づいてくる。
「ああ、思ったより難しいけどなかなか面白いな」
馬の頸を撫でると、温かい体温が伝わってくる。キライではない感覚だ。
「慣れるともっと爽快になるぞ」
穏やかに言う澪も心なしか微笑んだように見える。
「レイも笑うんだな〜」
のほほんと言うカサンドラを無視して
「……あっちは慣れる以前の問題だがな」
澪は半分目を閉じるようにして三人から少し離れた所を眺める。
自分のことで精一杯だった琴菜がその目線を追うと、その先には悪戦苦闘する春日とルギネスがいた。
春日に宛われたのは厩番の名付けたところのクリスティーナ。気性が穏やかで戦闘に向かないともっぱら移動に使われている小柄な栗毛の馬だ。
「いい加減乗ってくれないか?」
「……だって落ちちゃうんだもん」
必要な馬具は全て付けているし、ルギネスがそばで補助をしているにも関わらず、春日はクリスティーナに乗ることさえ出来ずにいるらしい。
練習は同時に始めたはずだから、小一時間は乗ろうとしてずり落ち、乗ろうとして転がりを繰り返しているのだ。
「……ルーのヤツ、ずっと付き合ってンのか?」
すげー根性、とカサンドラが呆れたように呟く。
「転がり落ちた時に何度か馬に踏まれかけてたぞ、ルギネスが慌てて避けさせてたけど」
澪が言ってる間にも、再度挑戦した春日はルギネスの真上に転落している。
「乗ることから、出来てないって事か?」
「乗馬姿勢がどう、って話じゃないな」
言いながら澪は身軽な動作で灰色がかったその馬の背から地上に降り立った。
真似して降りようとする琴菜にまだ練習、とカサンドラが声をかける。
「アントワネット……だっけ?あまり調教してないみたいだな、悪い馬じゃ無さそうだけど」
やや目つきの鋭いアントワネットの頬の辺りを撫でながら澪はシャルロッテの手綱を引くカサンドラに厩番の居場所を聞いている。
少し離れた所から、ようやっとその背に乗り想像以上の高さに春日が上げた歓声が聞こえてきた。




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