とりあえず一度戻ろうと部屋に向かう。ノブに手をかけると、微かに開いたドアから声が漏れてきた。
「――――…から、――…と――……」
遠慮なくそのままドアを開けると、なにやら話し込んでいたらしいジルコンと春日がこちらを振り返った。
「れーちゃんにことちゃん!おかえりなさい!」
一瞬驚いたように二人を見た後、嬉しそうに春日が駆け寄ってくる。
「ただいま、ってお前らあれからずっと喋ってたのか?」
呆れたように琴菜がそれを見やった。
「一回お外にお片付けのお手伝いに行ったんだけど……危なっかしいからお部屋帰ってなさいって」
勢いに任せて澪に抱きついたまま、しゅんと春日が眉尻を下げる。
「……あれはねー怖いねーちょっとねー」
苦笑いをしてジルコンが言葉を濁す。よっぽどだったのだろう。
「一体どんな動きをしていたんだ……」
なんとなく想像がつくようなつかないような、と考え込む二人に、ジルコンが声をかける。
「そうだ、ルー君かカース君見なかったかい?エレンちゃんでもいいんだけど」
「カースなら町で見かけたが……何かあったのか?」
されるがままに抱きつかれていた澪の質問に、にっこりとジルコンが微笑む。それにつられるように春日もそうだそうだ、と嬉しそうに笑った。
「カスガちゃんには今話したんだけど……実は、俺以外の石精霊の居場所、一人だけだけどわかったんだ。しかもかなり近いよ」
ねー、と楽しそうに人差し指を合わせる二人。

「「え?」」
琴菜と澪が声をハモらせて目を見開いた。
「お前、前は解らないとか言ってなかったか?」
「それがさー、今までいまいちわからなかったんだけど、なんだか急に感じられるようになってきてね」
事も無げにいうジルコンに澪が反発する。
「そんなアバウトなもんなのか?」
「そんなアバウトなもんだよ、きっと。ああ、でも一つ今までと変わった事と言えば……異世界の助っ人さんが来てくれたことかな?風向きが変わったのかもしれない」
にっ、とジルコンが唇の端をあげる。
「……そんなことで、変わるのか?オレ達なにもしてないぞ?」
「わからないけど、俺は感謝してるよ」
不敵で、それでも優しさを感じる笑顔のままの彼に、なんとなくたじろいて澪が口を噤む。
「で、その石精霊……は結局どこにいるんだ?」
それをフォローするように琴菜が話を続けた。
「他の人が揃ったら話すよ。君達地理に明るくないでしょ?」
それもそうだ、と頷きかけた瞬間、部屋に軽いノックの音が響いた。
「ナイスタイミングだね、どうぞー」
ジルコンが楽しそうに返答し、扉が開いた。


「入るぞーってあれ?ルーはぁ?」
暢気に入ってきたのは切りっぱなしの髪を真っ白(「しろいうなっ銀だっ!!」とは本人談)に戻るまでしっかり洗わされたカサンドラだった。拭き切れていない髪から雫がパタパタと肩口に落ちている。
「あ、カース君。ピンクマーブルは免れたんだ?」
「エレンに池に落としてでも白にするってホントにやられかけた」
「「「ピンクマーブル???」」」
「いずれ話してあげるよ〜♪」
「で、ルーは??」
カサンドラは拭き切れていない頭を犬か猫のようにふって水気を飛ばそうとしているらしい。
「戸口をふさぐな、水を飛ばすな、ちゃんと拭け」
べしっと振り向いたカサンドラの顔面にタオルらしい布の塊を投げつけながらルギネスが入ってくる。
「怪我人も命が危ない、といえる者はいなかったようだ。警備の穴を埋めて、住民を落ち着かせてからでないと出発できそうにないな」
誰とも無く呟く。
「あ、そのことなんだけどね〜。地図ちょうだい?」
唐突に言うジルコンに怪訝な顔も見せずに住居部分へ通じるドアへ向かう。
「えぇ?わかんな〜いとか言ってたのお前だろ〜?」
投げつけられたタオルで髪を乱暴に拭いながらカサンドラがジルコンに文句を言うと、言われたジルコンも飄々と答える。
「風向き変わったんだもん。分かっちゃった〜♪めんどくさいとか言っても聞いてもらえないと思うよ〜」
きゃんきゃんと言い合っている二人を無視するようにルギネスは出ていって、しばらくして小さく畳まれた紙を持って入ってきた。未だにじゃれ合うような会話を続けていた二人をさらに無視する。
「エレンを呼んできてくれ、サーニとガーナは戻ってないな?」
ホールに続く扉のすぐそばにいたらしい青年を呼び止めてルギネスが何か確認するとそのまま円卓に手にしていた紙を広げてみせる。
「飽きたら話がまとまらなくなるから今の内に話すぞ」
「飽きたら?」
「あの二人のことか?」
「そうだろうな。これは……地図か?」
円卓に広げられた大きな紙は縁が茶色く日に灼けて細かくうねるような曲線がおおざっぱに書いてある。
何か文字のような物が所々に書いてあるがどう読むのかは分からなかった。

「この文字は読めるか?」
「……見たことが無い」
「後で読み方を教える。表音文字だからすぐ覚えられるだろう。今いる『ヴェルトロ』はここだ」
ルギネスが指さすところには薄い朱色で印が付けられている。山に囲まれた地方都市らしい。
「今の『スティージェ』にある主な都市はいくつかある。ここは『中央都市・アエネース』、ここが『王都城下・シモニア』だ。『商業都市・ルカーヌス』、『最南の都市・ベタニヤ』、『最北の街・アリスタルコ』、『自治都市・ガイオ』。そして、この国のほぼ中央に位置するのが『王都・インテルミネイ』」
ここだ、といって指さす。それぞれ小さな丸が位置を表していて、それらの印を太い線が繋いでいる。
「主な都市は『インテルミネイ』を中心にしてそれぞれ街道で繋がっている。山や森を避けるように街道は通っているから少し遠回りになるな。でも街道沿いには小さな町や村が点在してるから野宿を避けたいならこの街道を行く方が良い」
ここまで説明したところで、身体をしっかり洗ってきたらしいエレンが小走りに駆け込んできた。
「すみません、遅くなりました。……若?ジルコンさん?」
「「……は〜い」」
やっと静かになった室内で地図を囲み詳しい話が始まった。




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