「どうしてあんな無茶なことをしたんですかっ!」
薄桃の髪を返り血でまだらに紅く染めたエレンが救急箱を抱えて駆け寄ってくる。
元々大きい瞳が驚愕でさらに大きく見開かれて涙目になっている。
「あ……えっと……その…………」
あまりの剣幕に琴菜がオロオロとしているとその横で苦笑しながらジルコンがなだめ始める。
「まぁまぁ、こうして無事だったんだし。そんなに怒らないであげてよ。それに、ルー君は最初からこういう時、手伝ってもらうために三人をここに招いたんでしょ?」
「……確かに、そうですけど……でも、あまり無茶はなさらないで下さいね」
ペタン、と長い耳を伏せ涙目のまま上目遣いに言われると、反論があっても言い出せない雰囲気になる。
後方から援護射撃だけしていた澪も同じように怒られたらしくタジタジといった風情だった。


エレンが怪我人の手当に呼ばれ、琴菜が女性に風呂を勧められて立ち去った後、所在なく立ち尽くしていた春日が人とすれ違うたびに少し首を傾げながら歩くルギネスを見つけた。
「ルギネスさーんっ」
背の低い春日が跳ねるように手を振る。澪とジルコンも春日が呼ぶ声でルギネスが歩いているのに気付いた。
ルギネスも視線をこちらに向けるがやはり少し首を傾げる。少し近づいてから軽く頷いたように見えた。
「……砦に侵入した魔物を倒したそうだが……?」
言ってから一人少ないことに気付いたようだ。
「琴菜だよ、今は風呂」
視線で問いかけるので澪が答える。
「……そう、か。砦の中から矢を放った人物がいたそうだが?」
「あ、それレイちゃん。百発百中って感じ?トドメ刺したのはそばにいた人達だけど」
「……弓道部の助っ人、やったことあるから」
ジルコンの言葉に素っ気なく言うと、澪はそれ以上何も言わずに弓と矢筒を掴んで雑踏の中に紛れ込んだ。


その少し後。浴びた返り血を拭うのもおざなりに、疲れた体に鞭打って怪我人の救護に向かったエレンは休む暇もなく働いていた。
広間は怪我人と看護する人間、薬をもらいに来る人々でごったがえしている。
多すぎる怪我人の呻きに一瞬顔を悲しげに曇らせるが、不安を与える事は避けたいとすぐに笑顔を浮かべ、怪我人達を励まし手当てをする。
そしてそれもようやく一段落を迎え、廊下で救護箱の薬を確かめながら少し休憩しているとふいに背後から声が掛かった。
「よ、おつかれさーん。相変わらずの女王様っぷりだったみたいだな」
「若……ご無事で何よりです、が。その言い方やめてくださいって言ってるじゃないですか」
同じく気持ち程度に血を拭っただけのカサンドラが、救護箱の近くにおいてあった水の入った筒を手に取った。
彼も身を整える時間もなかったのだろう、髪も瞳と同じ赤に染まっている。
「いや褒めてるんだって。おかげでかなり助かったしかっこいーじゃん」
「……そうですか。ならご期待に答えて今お見せしましょうか?」
にっこりと微笑みながら鞭を手に取り、軽く振るう。ぴし、と風を切るいい音がした。
「いや冗談ですすみません。つーかそれは俺じゃなくて隊員の皆様にやってあげてください喜ぶから」
冷や汗をにじませて降参、とカサンドラが手を上げる。
「……隊員?」
いぶかしげにエレンが眉根を寄せる。
兵卒のなかに密かに存在する『エレン様の鞭でうたれ隊』の皆さんです。
……とはさすがに言えず、もう一度ゴメンナサイ、と謝っておく。
ここで本人にその存在を知られたら自分ひとりがしばかれるだけではすまなくなるもんなぁ、と隊員達の顔を思い浮かべてみる。ああ馬鹿ばっかりじゃん庇わなくても別にいいかな。
そんなことをとりとめもなく考えていたカサンドラのことを誤魔化されませんとばかりにじっと兎耳をたてて睨んでいたエレンが、急に何かに気づいたように慌てて踵を返して走り出した。

わけもわからずそれを見送り、同時に喉の渇きを思い出す。
「よくわかんないけど助かった?」
幸運に感謝しながら本来の目的だった水に口をつけようとした瞬間。
ばしゃーん!
派手な音を立てて頭から水をぶっかけられた。その音に周りの人間も驚いて視線を集める。
視線の先にはずぶ濡れになっている自分達の若き長と、空の桶を持って息を弾ませる兎耳の少女。
「……なっ、何すんだコラ!こんなにいらねーんだよ!!これ何新手のプレイなの!?俺ノーマルだから嬉しくねーし!」
驚いてよくわからないことを口走りながら食って掛かるカサンドラの鼻先に、エレンがびしっと人差し指を突きつける。
「若、お風呂!」
「はぁ?」
脈絡のない台詞にあっけにとられているカサンドラに、慌てた表情のエレンが続ける。
「髪の毛!洗ってないじゃないですか!すぐ洗わないととれませんよって言ったでしょう!」
未だによくわからず憮然としたままのカサンドラをよそに、周りの人間が気づきだす。
「あ、そっか若は髪の毛白いから……」
「しろくねぇし!銀言え銀!」
「この前もほったらかしにしてて色変わっちゃったんですよねそういえば」
うんうんと頷く人々に、ようやく記憶が戻ってくる。
そういえば洗うのが遅れたせいか髪質のせいかうまく血の色が落ちず、まだらにうす赤いままの髪の毛で一週間ほどすごしたことがあった。
「若にこの前みたいにピンクマーブルになられたら困るんです!」
ぐっと拳を握り締めて力説するエレン。
「確かに若みたいなでかいのがそんな色やだなぁ」
「可愛くないっすよね」
「自分達のトップがピンクマーブルとか……あんときなさけなくて」
「あったあった。あれはちょっとなぁ……」

しみじみと思い出してため息を付く人々。
「あー……」
そういえば自分はあまり気にしていなかったけれど大不評だったな、とぼんやりと血と水に濡れた髪をつまむ。
「ほらぼさっとしてないでください!さっさと洗いにいく!ほらほらほら!」
石鹸をべし、と投げつけてエレンがせかす。
「今回はキレーに染まるかもしれないしもういいじゃん後で。そりゃ早くさっぱりしたいけどほら俺まだ仕事残って」
「だめです!綺麗に染まるわけありません!すみません誰か池に落としてでもいいのでつれてって洗ってください!」
エレンがくるりと振り向くと、頼みごとをされてたことが嬉しかったのか、近くにいた若い兵士達がカサンドラの腕をつかみ、スキップでひったてていく。
「オイコラんなことしたら溺れるだろ!殺す気か!」
「死にませんって死にませんって」
いい笑顔をした兵士達にずるずると引きずられながら、髪の毛を黒かいっそもう赤に染めちゃおうかなぁ、とカサンドラは諦めつつため息をついた。




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