膨大な武具に圧倒されつつ、日本刀のような片刃の剣を選び抜き悲鳴の聞こえた方へ琴菜が走り出した後、残された春日はわずかに身長の高い澪を見つめる。
「……どうしよう?」 「行かないの?」 ジルコンの柔らかく見つめる視線に屈するように澪は深い溜め息をついた。 「あいつの言ってることは納得出来るけどな、何でこんなことになったんだよ」 諦めたかのように、でも意志を持って武器庫へ向かう。 片隅に置いてある弓に弦を張り、探せるだけの矢を矢筒に入れる。 不安げな兵士に、 「弓は、得意なんだ」 と言い捨て琴菜の走っていった方向とは逆方向の窓辺に立つとそのまま矢を番える。 こちらに気付き走り寄る魔物に静かに狙いを定めると、鋭い音と共に矢を緊張から解き放つ。轟音と共に崩れ落ちる巨体が地を揺るがす。 激しい攻防が終局に近づいていた。 手に馴染まない刀を握り締めて琴菜は悲鳴の元へと走った。
突き当たりの廊下、砕け散った窓ガラス。 姿形だけで言えばネズミのような、しかしそれにしては大きすぎる獣が歯をむき出して目の前の食料に威嚇する。 動けない怪我人、震えながら庇うように明らかに戦闘用ではない小さなナイフを構える子供。 「伏せろ!」 考えるより先に叫び、勢いをつけて駆け寄る。 その声に弾かれる様に怪我人が子供を突き飛ばすかのように自らの体で押し倒し、姿勢を低くする。 獣が新たな食料の登場に驚いたように一瞬硬直した。 その隙を見逃さず、一気に間合いを詰め獣の眉間めがけて刀を振るう。 嫌な手ごたえと共に、断末魔の叫びを上げて獣は悶えた。 もう一度、獣の首筋めがけて刀を振るう。刀の動きに答えるように赤が軌跡を描き、獣はゆっくりと動きを止めた。 呆然とその様子を眼に映していた怪我人が、我に返ったかのように同様にへたりこんだ子供を抱きしめながら何度も礼を言う。 「ありがと……ございます……本当に、よかった」 いや、無事でよかったとつぶやいて、怪我人を助け起こそうとし、自分の手が獣の血でぬれている事に気づいて思わず手を引っ込めた。 ぬちゃり、と粘っこい不快な感触と匂いがする。 未だその死体から流れる血は床の汚れを広げ続けていた。 騒ぎは終わりを迎えたようだ。悲鳴も争いの音ももう聞こえない。
すぐに駆けつけた澪や他の兵士達に感謝と慰労をされ、渡された布で手と顔を拭った。 「琴菜はそんなのが使えるんだな、しかも慣れてないか?」 なんとなく手放さずにいた刀を見て澪が意外そうに声をかける。 「あ、ああ……ちょっと事情があってな」 言葉を濁して誤魔化し、ふと壊れた窓の外を見た。 人々の手で戦闘の後片付けが始まっていた。 建物の中では怪我人達の治療が続いている。微かな呻き声と、消毒液の匂いがここまで届いている。 しばらくそれを見やっていた琴菜がふと呟いた。 「でも、そんな事情があるのは自分くらいだと思っていた。こんな世界があるなんて知らなかったよ」 確かに戦争の続く地域は自分達の世界にもある。しかし日本で生まれ育った琴菜はそんな場所へ行った事はなかったし、それは人と人との戦いであり、こんな化け物は登場しない。 「そんなのオレだって知る由もなかったよ……ここではこれが、本当に日常なんだな」 複雑そうな色を瞳に浮かべて澪が答えた。 皆、慣れすぎているのだ。 どんな幼い子供でも、死体の処理に、傷の手当に。 「つらいね」 何時の間にか背後に現れた春日がぽつりと唇を開いた。 その横にいたジルコンが、悲しげな瞳で澪と琴菜を見つめていた。 「……砦に侵入を許した?」
「ハァ!?」 戦闘を終え、ようやく合流して警備の穴や今後について言葉を交わしていた二人に、悪い報告がもたらされた。 一瞬にして殺気立つルギネスと信じられないというように声を上げるカサンドラにギデオンが土下座せんばかりに頭を下げる。 「申し訳ございません!」 顔にはありありと自責の念を浮かべ、下唇を血が出そうなほどに噛みしめている。 「……許す、とは言えないがこちらにも落ち度はある。今回は、数が多すぎた。こちらで討ち漏らした数も少なくない」 苦虫を噛み潰したかのような顔でルギネスが告げる。 「それに明らかに配置ミスもあるしな。でも、砦の中は安全だってもう皆思えなくなっちまってるだろうなぁ……で、住民は何人死んだの?」 カサンドラの問いかけにギデオンが顔を上げ、一度自分を落ち着かせるように軽く息を吸った後に口を開いた。 「ほんとうに、ほんとうに奇跡的に……ゼロです」 その報告に二人が眼を丸くする。 「それはないだろう」 ルギネスの声に、ギデオンが首を振る。 「いいえ、重傷者は出ましたが……本当なんです。その、ルギネス様のお連れになった方が……進入してきた魔物を討ってくださったそうで」 「え、マジで?」 思わず驚きの声を上げ、ルギネスとカサンドラが目を思わず見合わせた。 「お前の連れてきたのなによ。やるじゃん」 そうだそうだと言わんばかりにギデオンもルギネスに目線を向ける。 「……そのうち、話す」 不審と興味の入り混じった二人の顔を交互に見た後、ルギネスが誤魔化すように視線をはずした。 |