北にある小さな門。普段は美しい風景も今は戦場の凄惨さのみを伝えている。
異形の化け物……中には人に近い形をしたものもいる、その死体が転がり、むせ返るような血の匂いがあたりを覆っていた。
「あ、若様!」
左肩を負傷したまだ若い兵士がやってくる複数の影に気づき、顔をあげた。
「悪りィちょっとしか人呼べなかったわ……って大丈夫かよ抉れてんじゃん痛そー。今状況報告できる?」
一緒に来た五人程の人間を援護に向かわせ、カサンドラが彼に軽く手を振った。
「はい、さっきまで前線にいましたので。今のところ奇跡的に見た限りですが死者はいません。しかしもう斬っても斬っても出てきて……」
時々いたた、と肩を抑えながら顔を顰める。
「弓使ってくるだけの頭あるやつが居なかったのがせめてもの救いですかねー。力馬鹿ばっかです」
「あーそりゃラッキーだ。まぁ終わるのも時間の問題そうだな……ってよく見たらこっちベテランばっかじゃん。俺来なくて良かったんじゃない?」
戦闘中の人間の殆どがそれなりに腕に自信のあるものばかりなのを見て、ふとぼやく。
「あっいえ若様はともかく援軍は素直に嬉しいですよ?」
「はっはっはお前出世できないよー」
「あっ嘘っスやっぱ若様居ないと始まらないです!」
「うるせーお前なんか一生門番だ門番しかも裏門」
「ちょっ!日あたらなさそうじゃないですかそこ!」
「焼けなくていいんじゃない?さて後少しだし気合いれるか。もう報告がてら帰還して治療してもらえー」
兵士の訴えを軽く無視しながら剣を抜き、軽く深呼吸をする。数は減ってきたものの、未だに戦闘は続いている。

「お言葉に甘えてそうさせていただきます……エレンさんが担当だといいなぁ」
「うっわまた倍率高いの好きだなお前!まぁ頑張れ」
そのまま兵士の返事を待たずに戦場へと駆け出し、前線を抜けてきた狼のような魔物の首を剣で打ち払う。
獣臭い血が服と銀色の髪を染めた。
「全員生きてるかー!?後少しっぽいからさっさと終わらせて帰ろー!掃除あるけどな!」
倒れ伏した魔物に目もくれず叫ぶと、おぅ!とあちこちから声が上がる。
兵士達が熟練の技で次々と魔物を大地へと沈めていき、その度に血飛沫と砂埃が舞った。


そして魔物の姿が消え、誰もが戦闘の終わりを確信した刹那、見張り台から弓兵の声が響いた。彼女の瞳は異様なほどに大きく、白目が殆ど見当たらない。
「て、敵影確認!20ほどの魔物の群れ、到着まで予想5分!」
場の空気が凍りつく。
まじかよー、とため息をついた後、
「聞こえたとおりだ!時間がなさすぎ、今の間に怪我人は後ろ下がれ!一人マシなやつ気合で砦まで戻って報告、余裕ありそうなら誰か呼んで来い!!」
カサンドラの一声で疲弊した兵士達も呼吸を整え、可能な限り隊形を持ち直させる。怪我人の中でも比較的重傷な者が後ろへと下がった。
「全く最近どうなってるんだ……やっこさん達張り切りすぎだろ」
中年に差し掛かろうとしている屈強な兵士がぼやきながら血に塗れた大剣を捨て、予備の剣に手をかける。
「だよなー。こっちの都合も考えとけっつーの」
「いやそりゃ無理だろ」
兵士がカサンドラのむちゃくちゃな注文にツッコミを入れつつ予備の剣を抜いた。ぎらりと命を奪う切っ先が露になる。

「よっしゃお前ら優秀なんだから一匹もいれんな!気合で退かせろ!後、人手不足なんだから死ぬなよ!」
カサンドラが周りの気合を入れるように声を出すと、恩給請求しないとだめですから若もですよとどこからともなく声が上がり、違いねぇ、と笑い声が響く。
「来ます!」
弓兵の声が響いた。それに答えるように矢を放つ音が空気を裂き、再び戦場が訪れる。


一方、西の衛門。
普段から警備がやや手薄だと懸念していた箇所だ。
ルギネスは少数ながら精鋭の兵士五、六人を従えてひた走っていた。

駆けつけたとき、警護に就いていた大半は負傷しあたりには夥しい流血の跡が残っていた。
ルギネスの良く通る、少し掠れた冷ややかで鋭い声が響く。
「増援だっ!重傷者は引けっ!一匹たりとも入れるなっ!!」
あまり経験のない兵士の多い箇所だ。精鋭とはいえ負担が多いだろう。
思いながら細剣を振るう。駆け抜けながら舞うように斬る。片方だけの瞳が鋭く光る。
脚を止めたときには周囲に血の雨が降った。
どう見ても状況は悪い。血で靄のかかる門の付近では明らかにこちらの兵士の方が分が悪い。
軽く溜め息をついて、激戦となっている方へ歩を進める。
時折襲いかかってくる様々な姿の魔物をいとも簡単に切り捨てていく。右側からの攻撃に少し遅れるのは眼帯のせいだろうか。

「ルギネス様っ!」
全身に血を浴びたような若い兵士が駆け寄る。
「状況は?」
「幸いにも死者は……ただ突破されるのは時間の問題かと……」
言葉を聞きながらルギネスは無言で戦場を眺める。凍てつく片方の視線だけで人が殺せそうだ。冷たく立ち上る殺気に側に立つ若い兵士も後ずさる。
「お前に怪我は?」
言葉もなく首を振る兵士に冷たく命じる。
「砦に戻れ。エレンに動ける者を連れて来いと伝えろ。手が空けば来るようカースに伝令を出せ。……行けっ!!」
弾かれるように兵士は駆け出す。その背を見送ることなく、ルギネスは戦場に向かった。既に撃ち漏らした何匹かの魔物が町へ向かって走っていた。


「負傷者は奥へっ!救護班は手当を、武器を持てる方は警護に回って下さいっ」
エレンの細く、しかし良く通る澄みきった声が喧噪の中で響く。
か弱く華奢な彼女の手には、身の丈より長い革製の鞭が握られていた。
「エレン様も奥へっ」
真っ白い服を怪我人の血で汚した女性が駆け寄る。あまりの怪我人の多さにパニック寸前にまで陥っている。
「私も警護に回ります。あらゆる方に手伝って頂いて下さい」
柔らかく押し戻して空を仰ぐ。覆い被さってくる影に鋭い一撃を見舞うと紅い雨が薄桃色の髪に散った。
喧噪に怒号と悲鳴が混ざり始めていた。


「こっちにまで来たらしいな」
「大丈夫なのかな?」
窓辺に立ち悲鳴の混ざり始めた屋外を眺める琴菜の表情に緊張が走る。
不安げな春日を元気付けるようにジルコンは軽く糖蜜色の髪を撫でた。
「エレンちゃんも結構強いからね、でもここも避難してくる人で一杯になっちゃうかな」
言いながら辺りを見渡すと騒然とした空気が押し寄せていた。大きな音を立てて扉が開く。肩を抉られた兵士がフラフラしながら入ってきた。
「……あなた方は?」
「う〜ん、ルー君のお客さんで〜、一応戦力?」
のほほんと答えるジルコンの言葉に兵士は顔を輝かせた。
「戦力ですか!?じゃぁ早く外へっエレンさんを手伝ってあげて下さいっ」
「……え?」
「手伝うって……今戦ってるのかっ!?」
ぎょっとして窓に飛びついた途端、建物の極近くで血煙が上がる。それさえ切り裂くように紐状の物が舞う。
ドゥ、と大きな物が崩れ落ちる音と共に血煙の間から見えたのは、まだらに紅く染まった長い薄桃の髪と兎の耳。か細い腕によって操られる長大な鞭が周囲に群がる魔物を打ち倒していく。
「……手伝い、いるのか?」
「数が多いしな……」
呆然としながら澪と琴菜が呟く。
突然背後から悲鳴が上がる。明らかに室内からの声だ。
「入られたっ!?」
兵士が蒼白になって振り返る。
「負傷者や女子供しかいないのにっ」
肩の傷に顔を歪めながら走り出そうとする兵士を琴菜が引き留める。
「怪我人が役にたつはず無いだろ、私が行く」
「琴菜?」
澪が訝しげに声をかける。
「このままいてもやられるだけだろ」
軽く言って軽く腰に手を当てると、一瞬我に返ったように腰に当てた左手を見下ろした。
「剣なら、隣の部屋に予備があったよね」
にっこりとジルコンが呆気にとられている兵士に促す。
兵士は弾かれるように部屋に三つある扉の内、出入り口以外の扉に飛びつくようにしてそれを開けた。
雑然と並べられた膨大な武具。刀身が鈍い光を放ちながら使い手を待っているようだった。




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