十一年前、現国王・ルーベルト=スファルシェ=コートレートは異母弟で前国王・クラウス=スティージェ=アーデルベルトに反旗を翻し、前国王夫妻を殺害したことから全ては始まった。
政治的能力に欠けるとされていたクラウスを異母兄、または宰相という立場から支えていたルーベルトは国民にも慕われる有能な人物だったと言うが、このクーデターでその評判を地の底まで落とした。
ルーベルトは、乾いた風の強い火を選び『王都・インテルミネイ』の風上に火を放ったのだ。その混乱に乗じてもとよりクラウスの王政に不満を抱く暴徒が非道の限りを尽くし、ルーベルトがそれを指揮していたとも言う。
この混乱は国内各地に及び、あちこちで戦乱が始まった。いわばルーベルトは国中を混乱と波乱を呼び、自らもその混乱に乗じて王位を奪ったのだ。
そして、造反から十一年たった現在でも水面下では平穏を取り戻せてはいないのだという。その理由として、現国王・ルーベルトの背後にいる陰だという。


「現国王・ルーベルトには魔物を操る能力など無かったはず。なのに今や『王城・ジェイド』を警護する兵や軍はそのほとんどが魔物兵。将校や将軍位にある者の半数以上もそうだ。だとしたら……」
「そーいうのを操れるヤツが後ろに着いたってこと」
こともなげに言うカサンドラの隣でエレンが物憂げにうつむく。
「このスティージェには太古の昔、世界中を混沌に陥れた邪神が封じられている神殿があります。『王城・ジェイド』の地下のどこか、とまでしか知られていない神殿です」
「……そこに封じられていた邪神を呼び出して味方に付けた、とでも?」
澪の言葉は沈黙によって肯定された。
「どうして封印が解けたってわかるの?」
春日の問いは背後から肯定された。
「俺が、ココにいるからね」
物語のような現実感のない話に夢中になっていた三人が慌ててふり返ると、戸口にもたれた焦げ茶の髪と明るい茶の瞳の青年が諦めと悲しさを同居させたような笑みを浮かべて立っていた。
「自己紹介、ちゃんとしとかないとね。俺はジルコン。六大神の一柱、時空司神・月露命の風信子石の最高位石精霊。通称『封印の石精霊』の一人。石精霊の本体が神殿に無いって事は、封印が解けてるってことと同義なんだ」
さっきまでの明るい口調と打って変わった重たい口調は事の重大さを物語るようだった。

「『封印の石精霊』というのは……そうだね、ある特殊な力をもつ石に宿る精霊だと今は考えてもらえばわかりやすいと思う。ジュデッカを封印できる唯一の存在だよ」
言葉を選びながら、ジルコンがゆっくりと説明する。
「わー、じゃあジルジルって凄いんだ!」
わかっているのかいないのか尊敬のまなざしでジルコンを見上げる春日の頭をぽんぽんと軽く叩きつつジルコンが苦笑する。
「まぁもちろん俺一人じゃ力は及ばなくって、六大神の分だけ……つまり俺を合わせて六人いて、やっと封印できるわけなんだけどね」
「後五人もこの街に……というか実はもう会ってたりするのか?」
琴菜がすれ違ったりした人間とは少し違う姿をした人々を思い浮かべながら問いかける。
「いや、ここには俺だけだよ、今のところ」
残念ながら、とジルコンが肩をすくめる。
「じゃあ、残りの精霊は?」
澪がその先を促した。

「……何処だろうね?」
「はい?」
「いや封印解けたときにみんな衝撃で吹っ飛んじゃって……幸い俺はこの近くに飛ばされたからよかったんだけどー」
「いやちょっと待て」
「今頃みんなは力も磨耗しちゃって動けないかも……ああ可哀相!」
「そうだよね、お腹が空いてるかもしれないね……」
「問題はそこなのか!?」
激しく身振り手ぶりを加えながら熱く喋りだすジルコンと涙ぐみながら話に聞き入る春日に琴菜が思わずツッコミを入れる。
「あっ君いいね見所あるよ!」
なんの見所だと唇を開きかけたそのその時、
「敵襲です!!魔物中心に約40、小物ばかりですが少々数が…現在西で40人余り、北門で30人弱が交戦中です!!」
ノックをする暇すらないと言うかのように激しくドアが音を立てて開き、息を切らして慌しく駆け込んできた兵士に部屋の空気が鋭いものに変わる。


「残っているものにに連絡は?」
ルギネスがパニックを起こしかけている兵士に静かに尋ねる。
「今他の者が、呼びに……」
やる気も無さそうに椅子にふんぞり返っていたカサンドラがやれやれと立ち上がる。
「くっそダルイなぁー。残ってる奴はゲオに指揮させて西。俺は北と合流してちょっと指揮してくるわ」
「いや、西には俺が行こう。ギデオンには住人の保護を第一に動いてもらってくれ」
「はっ……了解しました!」
来た時と同じように慌しく兵士が去っていく。
「大丈夫なの……?」
春日が不安げに眉根を寄せる。
「あ、大丈夫大丈夫お前らココ居ていいよ。じゃあなちょっと行ってくる」
言うが早いか身の丈ほどもある長剣を帯び、カサンドラが廊下へと消えていった。
オラ起きろお前らお仕事の時間ですよーと廊下から聞こえる大きな声が微かに部屋に響く。
それとほぼ同時にルギネスが立てかけてあった細く長い剣を手にし、無言で部屋から去って行こうとする。
「おい、なんとかなるのか?」
澪がその腕を掴んで問うた。
「ああ、よくあることだ。気にしなくていい。ただ今回は少し数が多いか……」
開け放したドアから、微かに誰かの悲鳴が、聞こえた。


ルギネスの背中が段々小さくなっていく。
呆然と見送っていると、砦の中が俄かに騒がしくなり始めた。
「避難民が来たようですね……私もお手伝いして来ます」
エレンも澪たちに軽く一礼すると、ぱたぱたと走り出してしまった。
取り残されてしまったものの外の様子が気になり、琴菜は小さな窓を開けた。
強い風が吹き、薄く赤味がかった黒髪が舞う。
風は剣のぶつかり合う音、怒号、不気味な鳴き声、大きな物の倒れる轟音、そんなものを部屋の中へ運んでくる。
一際大きな悲鳴が聞こえ、それが絶えて尚戦いの音は止まらない。
不安であると同時に、自分がこの部屋にいるしかないことが、酷く情けなかった。




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