「ご案内しますね」
エレンがにこやかに微笑みながら先導して廊下を歩く。
居住空間の、決して広いとは言えないながらも質素な廊下には午後の日差しが窓から差し込み、暖かい空間ができあがっている。
「あ、畑があるよ〜!」
春日が窓の外を覗きながら嬉しそうに報告する。
「ええ、私も育ててるんです。すごく落ち着きますし、楽しいですよ」
エレンも嬉しそうに振り返り、自分の育てている植物のことなどについて喋りだす。
歩きながら楽しそうに話す二人と何かを考え込んでいるような澪を横目に琴菜はなんとなく窓の外を眺めながらついて歩く。


「……」
ふいにぴた、と窓の外を眺めたまま立ち止まった琴菜に気づいてエレンがふりかえる。
「どうしました?」
「いや……なんだか畑を掘り返してるのがいるなと思って…というか羽はえてる…?」
首を傾げる琴菜を跳ね除ける勢いでエレンが窓へと駆け寄る。
見下ろした視線の先には地面に突き刺さっている大きなスコップと掘り起こされた畑と、それを見下ろしているこげ茶色の髪の青年がいた。
彼の背にはまるでトンボのような青い羽が透き通った光を浴びて存在していた。
「……なっ何してるんですかジルコンさん!!!」
エレンがぴんと耳を立てながら叫ぶ。
「うわぉ?おお、エレンちゃんかいい天気だねぇ」
ジルコンと呼ばれた青年がのんびりと振り返って髪より明るい色の瞳で見上げる。普通の人間とは違う長い耳、そして彼の額には大きな…彼の名にふさわしい大きな灰色のジルコンの石が埋め込まれていた。
「何してらっしゃるんですかと聞いているんですっ!」
気のせいか長い耳の毛が逆立って見える。威嚇音が聞こえてきそうだ。
「いや、お天気がいいから畑仕事でもしようかと思ってねー」
「その畑なにも植えてないじゃないですか……」
「だからこれから植え……おや?」
エレンの後ろに見慣れない人影を認めて、羽をはためかせながら窓へと近づく。
「やぁやぁこれはどうも!君達が噂のお客様だね〜」
温和そうな笑顔を浮かべながらジルコンが軽く頭を下げる。
「僕はジルコン、よろしくね〜!あージルジルって呼んでくれてかまわないから!」
呆然とする琴菜に
「……別に呼ばないでもいいですからね」
エレンがため息をついてフォローを入れた。

「わ〜い♪ジルジル〜vv」
と何が楽しいのかはしゃぐ春日を尻目に澪はエレンに軽く話すよう促す。
「あちらは石精霊のジルコンさんです」
あっさりしすぎる説明に琴菜は首をかしげた。
「『石精霊』?」
「ルギネス様からその説明もありますから」
それだけ言うとぎこちなく笑ったエレンは先に立って歩き出す。
「ジルジル、エレンちゃんに好かれてないかも〜」
窓枠にもたれて困ったように笑うジルコンに澪は軽く溜め息をついて
「その態度が気に入られない原因なんじゃないか?」
と言い捨てて歩き始める。
琴菜と春日は先にエレンの後を追っている。細く長い廊下は真っ直ぐで迷うことは無さそうだ。
「……?」
小さな声と視線を感じて澪がふり返ると表情の抜け落ちたジルコンが窓枠の外側から身を乗り出していた。
「……名前、聞いて良い?」
張り付けたような笑顔につい答えてしまう。
「……澪……」
「レイ……ちゃん?よろしくね」
仮面のような笑顔のままジルコンは窓の外に消える。春日の呼ぶ声に我に返り、澪は三人の後を追った。


通されたのは昨夜最初に入った部屋だった。入り口のホールからと裏の居住スペースからの両方に出入り口があったらしい。
室内にはすでに男が三人、円卓に腰を下ろして熱心に何か話をしていたが四人が入っていくと話をやめ立ち上がった。
「良く眠れたか?」
掠れた声でルギネスが話しかける。そういえば朝食の席で彼はあまり話さなかったなと思いながら琴菜が返す。
「まぁ、それなりに」
「そうか。……あぁ、紹介しておこう。彼はギデオン=グロス=カイザリヤ。抵抗集団……いや、革命軍と言っておこうか。『テーヴェレ』の小隊長を任せている。彼女らが昨夜話した協力者だ」
名前を紹介されて無口らしい男に三人は軽く会釈する。
ギデオンはがっしりした体格で背はルギネスより高くまたカサンドラよりは低い。黒い髪を短く刈り上げ鋭い目つきと日焼けした肌の印象的な青年だ。
彼は軽く会釈し返すとルギネスやカサンドラに何か小声で話してからホールの方へ出ていった。
「まだ軽ーく疑ってンだよなー」
カサンドラの一言で彼が昨日、最初に出迎えた老爺の隣で警戒心を露わに武器を手にしていた青年だと気付く。
「しょうがないだろうな、敏感になってるんだろ?」
琴菜が言うと春日が首を傾げながら
「なんで?」
「昨日の話、聞いてなかったのか?」
「聞いてたけど……なんで敏感になるの?私達、何も知らないよ?」
聞いてないじゃないか……と琴菜は頭を抱えた。


「カスガの為にも、もう一度最初から話しておこう」
ルギネスの長い話はそんな前置きから始まった。




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