翌朝、琴菜が目覚めたとき澪はすでに起き出しているらしく窓際の寝台には誰もいなかった。自分の部屋ではないところで目覚めた時点で昨日の出来事は夢ではなかったことは自覚していた。
三つ並んだ寝台の中央で眠っていた春日を叩き起こし、二人は部屋を出る。
昨日は疲れもあってよく周囲を見ることが出来ずにいたがよく眠った体はいつもの観察力を取り戻していた。
この『砦』と呼ばれている建物は普段は集会場のような使い方をされているらしく、広い部屋がいくつもあり、人が生活しているような雰囲気は薄い。
「何かあったときは周辺の住民が逃げ込めるようになってるんだ」
突然背後から声がして二人は勢いよく振り返った。
「びっくりしたぁ。えーっと、若?」
暢気な春日とは対照的に琴菜はわずかに身構えたままカサンドラを見つめる。
「そんなに警戒すんなよ、コトナ?」
「……」
無言のまま琴菜は体勢を元に戻した。
「朝飯、出来たってさ。呼びに言ったら二人ともいねーし、どうしたのかと思ったよ」
人好きのする笑みにやはり琴菜はどこか警戒するような表情を浮かべた。

「れーちゃんは?起きたらいなかったよ?」
食事と聞いて踊るようにカサンドラの後についていく春日が尋ねる。
「エレンといるよ、先に食堂に行ってる」
幅の広い階段を下り、長い廊下を抜け突き当たりの広いスペースに出る。
最初に通された広い部屋と同じような大きな円卓が置かれ、さらに奥の方から食器のぶつかる音やスープの匂いが漂う。
円卓に先に座っていたルギネスは昨夜以上にぼんやりとした視線を三人に向ける。
「……おはよう……」
少しかすれた声がさらにかすれて聞き取りにくい。
「まぁだ目、覚めてねぇの?」
カサンドラがクスクス笑いながら隣に座る。促されて琴菜と春日もルギネスをはさんだ隣に腰掛けた。当のルギネスは無言のまま湯気をたてるカップに口をつける。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
エレンが奥から大きなトレイを持って出てくる。その後ろから、澪も姿を現した。澪の服装に琴菜は目を瞠った。
ゆったりとした立て襟の白に近い淡い青の上着に、顎のラインまで首筋を覆う白いシャツと白の長ズボン。ベルトのように腰に結ばれた髪と同じ濃紺の布の端が膝まで垂れている。
服の合わせ目は全て柔らかい革のベルトで留められ、極端に素肌を隠すようなデザインになっている。
足元は柔らかそうな皮のショートブーツ。
調理のためか短い髪の一部を後頭部で縛り、額に白地に紺のラインを縁取りした布を巻いている。
「……どうしたんだ?それ」
「洗濯するから着替えろって。お前らも食べたら着替えろよ」
言いながら澪はずいぶんと慣れた手つきでエレンと一緒に手際よく料理や食器を並べていく。六人の朝食はゆったりと始まっていた。


六人の朝食もそろそろ終わりを迎えていた。
「ふぅ、お腹いーっぱい!」
一足早く朝食を終えた春日が満足気に笑みを浮かべた。
「三倍…」
食事を終えた春日の隣りであきれたように琴菜が言葉をもらす。
「どういう胃袋してるんだ?オマエ??」
と、カサンドラも琴菜の言葉に加勢する。
「これでも、腹八分目だよ?」
きょとんとした表情で春日は答える。
「腹…八分目…」
あきれたような、見下しているような声調で琴菜がぼやいた。
「こういうヤツなんだろう…」
続けて、ほとんど食べていなかった澪が言った。


食事を終えると、それぞれ思い思いに部屋に戻っていった。
澪、琴菜、春日の三人が部屋に戻ると、2着の服がそれぞれ寝台に置かれていた。
「……これって…」
琴菜がその服に目をやり、ボソッと言った。
「わあ!可愛い服っ」
呆然とする琴菜を尻目に春日が喜びの言葉を発する。
「昨晩から着てらっしゃる服はこちらで洗いますので、代わりにそちらの服を着て下さい。」
と、後ろの方からついてきていたエレンが言った。
「わあ、これ着ていいの!」
エレンの言葉を聞いて真っ先に反応を示した春日が言った。
「はい。どうぞ。皆さんのために用意したものですから」
「これを着るのか…」
澪を見ながら琴菜が言う。
「こっち見ながら言うな…」
「さあ、どうぞ?お召し下さい」
と、エレンはニコニコしながら、その衣類を2人にすすめた。

かなり嫌そうにしていた琴菜も、エレンの笑顔におされてしぶしぶと了承する。
薄い若草色の長袖カットソーに重ねるように深い緑のリボンで合わせ目を留めるような半袖の上着。腰には足首程まで長さのある白の布を巻き、布の合わせ目から覗くしなやかな脚を覆うゆったりと裾の膨らんだ薄緑のズボンと足首までの布のブーツ。
春日にはエレンのものとよく似た二枚重ねのワンピース。草色の上のワンピースの上から、腰の辺りを黄色い布でまとめてある。
気に入ってにこにことしている春日とは対照的に、着替えてからも複雑な顔をしている琴菜。
「大丈夫、そのうち慣れるぞ…多分。」
「わー琴ちゃん可愛い〜♪」
「お二人ともよくお似合いですよ」
澪の慰めとご満悦な二人の声に、琴菜はため息をついた。
「まぁ…それで、今日はきちんとした説明をしてくれるんだよな?」
「はい…今までと、これからの状況に関してルギネス様から説明があります」
軽く部屋を整えながらエレンが頷いた。




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