簡素だが清潔な部屋の中、歩き通しの体に冷たいシーツは心地よく、軽く目を閉じる。
暫くの静寂の後、琴菜が呟いた。
「なぁ、本当にどうする?ルギネスとかいう男の話だと、協力しないと帰れないらしいが、要するにやることは戦争だろう?」
「……そうだな」
澪が答えて頷く。正直荷が重い、という空気をまといながら続ける。
「しかし、もし解決したところで本当に帰れるという保証は無い。第一、なんでオレ達なのかという説明も受けてないしな」
「打破するチカラがあるから、でしょう?」
ため息をかき消すように掛けられた言葉に振り向くと、ベッドに今までうつぶせになっていた春日がいつの間にか腰掛けてにこにことこちらを見ていた。
「……なんの、ことだ?」
澪が目を鋭くして軽く睨みつける。
「え、だってわざわざ呼ぶくらいなんだからそういうなんとかできる力があるんじゃないかなー?って」
きょとん、と首をかしげながら春日が澪に視線を合わせた。
力がある、それは事実だ。
澪は、当人も持て余すほどの『能力』を有している。時に、自己嫌悪に陥るほどの。
しかし、それならば同じく呼び出されたほかの二人にも何か力があるのだろうか。

沈黙する二人に春日が緊張感の無い声で更に語りかける。
「なんだか困ってるみたいだし、力になれることなら少しでも手伝ってみようよ。帰る為に必要なことだし、それで嬉しい人ができたら一石二鳥だよー!」
いや、無理やり呼ばれて巻き込まれただけなんだ、と突っ込みを入れる気力も無い二人に
「それに、手助けしないと帰れない。それは絶対」
笑顔のまま、確信を持った声で追い討ちをかける。

ふぅ、とため息をついて澪と琴菜が視線を交わらせた。
「……とりあえず協力するしかないか」
「ああ、元の世界に戻れるようになるまでの居住地も必要だし仕方が無い」
あきらめたような顔で決断を下した二人に眼を輝かせながら春日が近づく。
「本当に!?わーい、良かった!」
自分も巻き込まれた身でありながら、人の役に立ちたいと思えるというのはいいことなのかもしれない、と二人の手をとってぶんぶんと振り回す少女に澪は思う。
「それで、提案なんだけど!」
きっ、と急に真面目な表情になって春日が言う。

「このあちらにとって嬉しいニュースをもって今からお話に行ったら、なにかごはんくれるんじゃないかしら……!」
「……」
「……」
前言撤回。所詮人間はエゴでしか動けないのだ。
そういえば案内してもらったはいいが、食べ物はもらってなかったな、と澪はぼんやり天井を見上げた。

「じゃ、行って来るねーvv」
とりとめもなくそんなことを考えていた澪と呆然としている琴菜を残し、春日は部屋から出ていった。
「楽天的というか……」
「食い意地がはってるんだろ」
ほんの半日前に会っただけだというのに、気まずさのない沈黙。
琴菜の瞳に感じた既視感は今も変わらない。
「……なぁ」
「ん?」
「前にどっかで……」
澪の問いかけは扉を開く大きな音にかき消された。
「ルーが言ってたのって、あんたら?」
笑みを浮かべ勢いよく扉を開いた青年が二人に問いかける。
切りっぱなしの銀髪に赤い瞳。血色の良い日にやけた肌。
先ほどのルギネスと同じような服を軽く着崩している。
青年の突然の訪問に二人は言葉を失った。
「若ぁ。ダメですよ、突然女性の部屋に入るなんて」
長身である青年の背後から兎の耳が見え隠れする。
青年の後ろには大きなトレイを持ったエレンが困惑した顔で立っていた。
両手に抱えるように持っている大きなトレイには三人分のスープ皿と小さなバスケットに収められた丸いパンがのっている。
透明なスープと数種類の柔らかくなった見覚えのある野菜が暖かい湯気を立てている。添えられたパンは少し固そうにも見えたがこれも焼きたての香ばしい香りが漂っていた。
素朴な夕食は空腹を感じていた琴菜の表情をほんの少し緩めた。
「えっと、レイさん…とコトナさん…でしたよね、夕食をお持ちしましたが……カスガさんはどちらですか?」
「春日なら……ルギネスんとこに……」
「それより……そいつ、誰?」
琴菜の問いにエレンは苦笑して答える。
「不作法で申し訳ありません。こちらは、カサンドラ様。革命軍『テーヴェレ』では『若』とお呼びしてます。一応幹部なのですが……」
「ルーにやらされてるだけだよ、面倒なのにさ」
不満そうにカサンドラは付け足す。
「るー?」
「あぁ、ルギネスのこと。ちっさいころから知ってるからさ」
「ふぅん……」
「呼びにくかったらそう呼んだら?俺も『カース』で良いよ」
親しみやすいカサンドラの笑顔に琴菜はなぜかたじろぐ。
「でもルーもいきなり女三人も連れ込むとはやるなぁー」
あはははは、と楽しそうに笑うカサンドラ。
幹部だという彼もまだ若い。かなり力をもっていそうなルギネスもまた若い。
『テーヴェレ』は若年層中心の組織なのだろうか?と澪はぼんやり考える。

「召し上がらないのですか?」
エレンの微笑みから少し目をそらして澪は食欲が無いとだけ告げると窓枠に腰掛ける。
陽光の名残に照らされ映える濃紺の髪と藍色の瞳。見覚えのない色彩の中に琴菜はなぜか既視感を覚えた。

「……だから言ったろう?」
廊下からルギネスの呆れたような声が聞こえた。
カサンドラが開け放した扉から春日が踊るように飛び込んでくる。
「ごは〜ん♪」
「エレン……何とかしておいてくれ」
ぐったりとした表情のルギネスも顔を覗かせた。
「カスガから話は聞いた。引き受けてくれたこと、感謝する。今夜はゆっくり休んでくれ」
それだけ言い、一瞬だけ澪に目を向けると扉から離れていった。
「……なんなんだ?」
視線だけ向けられた澪はわずかに困惑した表情を浮かべた。




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