「ココは、お前達の知る世界では無い。
この国は『スティージェ』。この街は『西の都・ヴェルトロ』。
中央である主都、『王都・インテルミネイ』にいる国王・ルーベルト=スファルシェ=コートレートと、魔神・ジュデッカの悪政に抵抗する地下勢力の一活動拠点でね、皆、外部からの人間に敏感になっている」
淡々と話す、ルギネスと名乗った青年について街に入る。
「で?それと私達に何の関係がある?」
と琴菜が言うと、澪も同感だと言わんばかりに頷く。
「突然招いておいて申し訳ないが……これから起こす『革命』に力を貸して欲しい」
「……関係無いな」
澪は一言で切り捨てる。
「ココはお前達の世界だろう?オレ達には何の関係も無い。突然呼ばれて、手伝えとか言われて。やるわけが無いだろう」
「……確かに、そうだろう。
でも、この革命が終わらない限り、お前達も元の世界には戻れないんだぞ?」

ルギネスの一言に、澪は一瞬、その無表情な面に悔しそうな、不機嫌そうな色を滲ませた。

「……それは、脅しか?」
と、琴菜が冷めた表情で言葉を発した。
「……そう、とらえられてもしかたないとは思う。しかし、事実には変わりない。」
ルギネスは淡々と答える。
琴菜はどこか納得のいかない表情を浮かべた。
「引き受けては……くれないだろうか?」
しばらくの沈黙を破ったのはルギネスだった。
そしてまた、長いようで短い沈黙が続く。
「ルギネス様、わざわざお招きしたお客様とこんなトコロで話すのも何ですし、砦にご案内されては?」
長身のルギネスの背後から突然少女の声がした。
極自然に振り返り「わかった」と言う風に静かに頷くルギネスとは対照的に、三人は思わず目を見開く。
ルギネスの影から姿を現したその少女の姿は、見た目は本当に普通の少女だった……唯一つ頭から出ている兎のような耳を除いては。
色白の頬、大きなブラウンの瞳、薄桃色の長い髪。しなやかでふくよかな女性らしい小さな肢体。
淡い草色のワンピースを二枚重ね、長い袖の上から両手首を細いリボンで飾っている。
そして、その髪の間からは白い兎の耳。瞳や表情にあわせて時々動くそれは明らかに作り物には見えなかった。
見慣れない姿に言葉も失っている三人に、少女はニコッと微笑みかける。
「では、参りましょうか?」
三人はその微笑みにただ従ってしまった。



一行が砦に向かう中、三人はやはりどこか納得のいかない面持ちでいた。
「どこまで、行くんだろうな……?」
「というより、何普通についてきてしまったんだ?」
琴菜に応えるように澪がつぶやく。
「確かに……」
「いいんじゃないかな?付いてきちゃったんだし。それにうさぎさん可愛いねぇ」
相変わらずな明るさの口調で春日が言った。瞳はぴこぴこと動く少女の耳に釘付けになっている。
そう、何で人に兎の耳が生えているのか?有り得ない状況に、ここがやはり自分達の世界ではない事を実感して頭が痛くなる。
周りを見渡してみると、決して多くはないものの彼女のように人とは違う耳が付いていたり、体の一部が違っていたりする人間が稀にいる。
しかし、みるたびに驚いているわけにもいかない。ここでは普通の事なのだろうと無理矢理納得してついて行かざるを得なかった。
日はもう隠れ始めて夜が始まろうとしている。

堅牢な石造りの街並みは日本ではテーマパーク以外で見られる物ではない。
所々で赤い土壁から覗く濃い緑で余計に場違いな気分になる。
赤っぽい漆喰の剥がれかけた土塀で囲われた狭い石畳の路地を抜け、塀の途切れたところから覗く大きな建物へ少女は動きやすそうな革のブーツで歩を進めていく。
「ようこそ、私たちの住まいへ!紹介が遅れました、私はエレン=メイ=フェアリ。
さあ、中へどうぞ!」
三人はまたしても進められるがままにその建物の中へ足を進めていった。


三人が通された一室はこざっぱりとした広めの部屋で、入ってきた扉以外に小さめの扉と幅の狭い窓があり、一角は布で仕切られていた。
大きな木の円卓が部屋の中央に置かれ、その机を囲むように様々な形の椅子が並んでいる。
「さあ、どうぞおかけになって下さい。」
エレンに勧められて、三人は近くの椅子に腰をかけた。
エレンのように三角の耳を髪の間から覗かせた女性が木のカップに冷たい水を注ぎ目の前に並べていく。
少し口に入れるのに躊躇するが、歩き詰めの体は水分を欲している。
戸惑う二人を差し置いて、春日が幸せそうに水を飲み干した。
それを見て穏やかに微笑むエレン達を見やり、二人もおずおずとコップに口をつけた。
しばらくしてルギネスが部屋に入って来た。

「さあ、先ほどの話の返事を聞かせてはくれないか?」
「はっきり言おう。オレ達には関係のないことだ。だから関わる気はない。」
澪は言う。どこまでも、決然として。
「でも、お前たちに、その『革命』とやらに関わらなければ、オレ達は元の世界に帰れないのだろう?」
と、澪は僅かに顔を曇らせて続けた。
「ああ、そうなるな……」
ルギネスは静かに答えた。

空気が張り詰めたような沈黙。少しして、ルギネスがそれを破った。
「考える時間を与えよう……あまりにも突然のことで、すぐに決断するのはきっと無理だと思う。決まるまでここに滞在してくれてかまわない。急かして……悪かった」
「有難いな、このまま野宿になるかと思っていたから」
ホッと息を吐き出すように琴菜が言った。
「今夜三人でどうするか話し合う。それでいいか?」
と澪がルギネスに言った。
「あぁ」
頷きながら、ルギネスは立ち上がる。

「そういえば、名前も聞いていなかったな……お前たちの名前は?」
「オレは澪…綾城澪だ。」
「私は龍之城琴菜。」
「私、春日!空原春日だよ!」
「レイ、コトナ、カスガ……だな。わかった。良い夜を……」
ルギネスは幾らか穏やかな表情でそう言って、部屋を出て行った。
「さあ、三人とも部屋にご案内しましょう」
いつの間にか控えていたエレンが言った。
三人はエレンに案内された部屋に入り、今後のことについてを話し始めた。





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