翌朝、戦闘準備を整えてヴェルギリウスの畔までやってきた琴菜と澪が驚きの声をあげた。
「……広いな」 畔の木の陰から見るヴェルギリウスは辛うじて対岸が見えるが非常に広く深く、想像した「湖」の大きさを遥かに越えていた。 水を湛えていない湖はまるで大きなクレーターのようで、枯れた水草達が地面にへばりついていた。 少し生臭い匂い。落ちているゴミのようなものは魚や水辺の生き物の変わり果てた姿だろうか。 その中心にひっそりと聳える神殿が小さく見える。 「うーん……思ったより見晴らしがいいなぁ」 「しかしここからだと数の把握も難しそうだ」 いつの間にか隣に立っていたカサンドラとルギネスが呟く。 町から離れた林の間から見ると神殿のある中州がなだらかな丘になっていて、その裾野に天幕が張ってあるのが遠くに見える。 「あそこに行くまで身を隠すところも無いしな……」 右目を細めるようにしてルギネスは遠くを見つめる。 「あの中州の裾野、結構範囲大きいし。逆方向から行けば行けそうじゃねぇ?」 手を庇のようにしてカサンドラも遠くの中州を見つめている。 「とりあえず、行ってみようよ」 ようやく準備が終わったらしい春日の一言で、枯渇した湖に足を踏み入れた。 「……そろそろ埋まるかも……?」 「そう簡単に埋まって堪るか」 ぬかるんだ土に足が沈んでいく。 クレーターのようになった湖の一段深くなった辺りから弱音を吐き始めたカサンドラを琴菜が引き抜いた。 「そろそろ見つかるんじゃないか?」 「……もう見つかっててもおかしくないと思うんだが……」 見かけよりだいぶ体重が軽いらしい澪はほとんど危なげなく進んでいく。 反対にルギネスは足場の悪さに四苦八苦していた。 ジルコンはいつしか姿を消しており、春日に至っては泥遊びがしたくてうずうずしているのが手に取るようにわかる浮かれ様だ。 「ここで戦闘となると……」 「考えたくねぇっ!!」 「……確かに、見つかってるだろうな……」 呆れたように澪が呟いた。 居丈高に王家紋を翻したテントからちょうど死角になる辺りを選ぶようにして進んだため、ずいぶんと遠回りをしながら中州の裾野に辿り着いた頃には、昇ったばかりだった陽も傾き始めていた。 「少し湿ってるな……堂々と火も焚けないし、陽のある内に神殿に入ってしまいたかったんだが」 なだらかな傾斜を描く地に手をついてルギネスが眉をひそめた。 「う〜ん……やっぱりおかしいかも」 いつの間にか姿を現していたジルコンが眉根を寄せる。 「返事、無いのか?」 琴菜の問いに困ったように微笑む。 「うん。これだけ近くにいるのに気付いてもいないみたい。それに……」 「それに?」 困惑したように途切れた先を澪が促す。 「それにね……なんか、変」 「「変?」」 「サフらしくないんだよね、水源とか閉じちゃってるあたりが」 説明に困ったかのようにジルコンも首を傾げる。 「……水源ごと、封印されちゃったのかな?」 鼻の頭に泥をつけた春日がジルコンを見上げた。 「……かもね」 なぜか春日に寂しげな微笑みを浮かべるとジルコンは唐突に姿を消した。 |