荷馬車の中ではエレンが澪と琴菜に手伝わせながら怪我人の世話をしていた。
商人は腕を折ったのと頭を打って気を失っていた以外は幸いにも怪我はないようだ。 折られた右腕は元通りに固定され、ぶつけた頭と額に絞った布を当てられている。 微かに瞼が動いて、青い瞳が開いた。 「おじさんっ大丈夫!?」 すがりついて揺さぶろうとする春日を慌てて引き留めると琴菜は外から覗き込んでいる三人に頷いて見せる。 「命に別状はないらしい」 「気分はいかがですか?」 エレンの柔らかい声に商人は微かに頷いてみせる。 そばで救急箱を片付けていた澪は静かに外に出るとルギネス達に話しかけた。 「これから、どうするんだ?」 「湖の中州にある神殿に石精霊がいるらしい」 「ただ、周りには魔物兵がいるって」 面倒だなぁ、とカサンドラは眉をひそめた。 「怪我人もいるから、今夜はパッペの住民達の集落で一夜すごそうと思ってる。馬と荷物を頼むが……良いか?」 ルギネスは馬車から降りてきたエレンに言う。 「えぇ、あの方の看護もありますし。でも……皆さんだけで大丈夫ですか?怪我とかされたら……」 心配そうに言うエレンにカサンドラは、 「大丈夫だろ、明日中には出てこれるってっ!」 と言うより出て来たい、と言う顔で言い切った。 それと……とルギネスが沈痛な面もちで続けた。 「街の中に遺体が放置されてた。街の様子も見がてら、埋葬してくる」 同行しようとした琴菜を仕草だけで押しとどめてルギネスとカサンドラは再度街の中に入っていった。 「……何やってるんだ?」 身を寄せさせてもらった集落の端で難しい顔をしているジルコンの姿を認め、琴菜が声をかけた。 「いやね、サフに話し掛けてるんだけど返事が無くてー」 うーんと首を捻る。 「そんな便利な事ができるのか?テレパシー会話?」 驚いて目を見開く琴菜にジルコンがにっこりと微笑む。 「いや、無理」 「喧嘩売ってるのか」 「で、でもねっ」 琴菜の声の温度が下がった事に気づいたジルコンが慌てて言い募る。 「会話まではできないけど、なんていうのかな……お互いの存在を確かめあうキャッチボールくらいの事は出来る」 感覚的な事だから説明は難しいんだけど、とジルコンが腕を組む。 「でも今、俺はサフの事に気づいてるし、サフに向かって俺の存在をアピールしてるんだけど、サフは気づいてなさげなんだ。普通なら絶対気づくはずなのに」 「なんだかややこしいな」 同じく難しい表情になる琴菜にジルコンが頷く。 「水、枯れてるって言ってたよね。サフは自分から引き篭ってるんだとばかり思ってたけど……閉じ込められてるのかも?いやでもサフの力も働いてるよなぁこれ」 考えに没頭してうーんうーんと唸りだしたジルコンに琴菜が問いかける。 「閉じ込められてるにしろ自衛してるにしろ、近くまで行けばなんとかなるんだよな?」 「うん、大丈夫、だと思うよ?」 「……怪しい」 集落をぐるっと見回す。 本当に着の身着のまま来たのであろう、即席のテントと呼ぶにもお粗末な寝床。 疲れた表情の住民達。減っていく飲み水。 街に先ほどいた魔物兵は殲滅したものの、次の兵達がいつ来るのかわからない今の状況ではまだ街へは戻れない。 「はやく、街に帰れるといいな」 呟いた琴菜にジルコンが顔をほころばせる。 「うん。頑張ろう」 |