「沢山の人達が、大切なものを奪われました。……沢山の命が、消えました」
顔を伏せたエレンが血が出そうなほど唇を噛みしめる。
「だから、取り返したい。……これ以上奪われもしない」
全て取り返すことなど不可能だと知っている。
それでもこれ以上奪われたくない。少しでも取り返したい。
そんな想いが痛いほどに伝わってきて、つられて澪と琴菜も目を伏せた。
彼らがあまりに明るく過ごしているから実感出来なかったが、ここにいる人達は皆悲壮な決意を秘めているのだろう。
魔物が襲ってくる、それを退ける。それだけでも大変な事なのに、それだけではないのだ。
『革命』
何かを勝ちとるために、権力者に戦いを挑む事。賭けるものは命。
教科書でしか聞いた事のない言葉。知識として暗記だけしていたもの。
それがどんな思いで成り立っていたかなど今までは……恐らく今も理解など出来ていない。
誰も言葉を発せず、重苦しい空気が流れる。
そんな空気を払うかのように、エレンが笑顔を浮かべた。
「失礼しました。さ、準備を始めましょう」
てきぱきと手際よく服を選び、きちんと畳みなおすエレンはすっかり元の穏やかな雰囲気に戻っている。
「あ、あぁ……」
琴菜もなんとか笑顔を作り、頷いた。
「あ、ちょっと離れますね、すぐ戻りますのでこれ、整理してもらえますか?」
必要な物を思い出したのか、エレンが廊下の外へと出ていった。
それを見送って琴菜が服へと手を伸ばそうとしたとき、
「それなら、なおさらなんで俺達が呼ばれたんだ?」
澪の呟くような声が耳に入った。
二人が澪を見上げると、少し驚いて、失敗したというたような目を澪がした。
口に出している自覚がなかったのだろう。
「いや……俺達は部外者だ。だから最初は手伝う必要などないと思っていた」
琴菜が頷く。
「だが、今は寧ろ……俺達が呼ばれたところで、手伝える問題なのか?と……上手く言えないな」
言葉を選ぶように少し思案した後、澪がもう一度口を開いた。
「……正直、今俺達が受けている扱いは破格なんだと思う。世話を焼いてもらって、幹部級らしい人間と対等に口がきける。……まぁ拉致されて来た訳なんだからそれくらいしてもらってもいいと思うが。だがこれは大きな戦いだ。風向きが変わったんだとジルコンは言った。しかし小娘三人増えたところで何になる?組織内にも派閥があるという。部外者をいきなり引きこんで、とルギネス達の立場も悪くなるんじゃないのか?」
考えを整理しきれていないのか、ゆっくりと語る澪に、琴菜も考え込んだ。
確かにこういう組織では、余所者は歓迎されないように思われる。
それでも助けてほしい、と私達は呼ばれた。
しかし『どうやって』助ければいいのか?『なぜ』私達なのか?
その答えは未だ貰えていない。
「きっと、そのうちわかるよー」
今まで黙って聞いていた春日が場にそぐわぬ気の抜けた声を出した。
「お前な、そんな簡単な問題じゃないんだぞ……解ってるのか?」
少し苛立って琴菜がたしなめる。
「だって、なんとなくだけどルギネスさんとか意味のない事嫌いそうだし、必要じゃなかったら強引なことしなさそーなんだもん」
あっけらかんと言い放つ春日に、二人は思わず納得しかける。
会って数日ではあるが、確かにあまり無駄な事はしないタイプに見える。
「それでお前は……」
「あっエレンちゃんおかえりなさい!」
澪が何か言おうとした時に、手に沢山の袋をもったエレンが部屋へと戻ってきた。
「はい、戻りました。皆さんどんなのがお好きでしょうか?」
にこにこと床に袋を広げていく。旅行用の小袋だろうか、質素で可愛らしいものが多い。
「えーっとえーっと」
目を輝かせて選び出す春日と色々説明しながら微笑むエレン。
「レイさんとコトナさんも、選んでくださいね」
「……あ、ああ」
「とりあえず今は、準備か……」
二人も袋を囲んで品定めを始めた。談笑に段々と表情も緩んでくる。
しかし先ほどの会話は澪と琴菜の心の中へ確実に疑問の種を植え付けていた。

出発の日の朝、結局まともに一人で馬に乗れるようになれなかった春日は、野宿用の荷物を載せた小型の荷馬車を操るエレンと同乗する事になった。
それはそれで嬉しいらしく、しきりに荷馬車の周りをきょろきょろと観察している。
琴菜はかろうじて乗れるようになっていたので荷馬車で休憩しながらの小旅行になった。
「おでかけーっ♪『ヴェルギリウス』ってどんなとこ?」
はしゃぐ春日が荷馬車内を整理するエレンを手伝いながら話しかける。手際よく荷物を並べていた手を止めて、エレンはにこやかに答える。
「スティージェ国内で最も大きい湖ですよ。今の時期は湖岸に多くの花が咲いて、それが湖面に映ってとても綺麗なんです。周囲の山々の新緑も綺麗ですし美味しい野草もたくさん芽生えているでしょうね」
「わ〜っ着いたら食べてみたいっ」
目を輝かせて春日は自分の着替えの入った明るい若草色の袋を抱きしめた。

一方外では、澪に教わりながら馬具の調整をしていた琴菜が、馬の鼻筋を撫でるジルコンに訊く。
「湖の中って言ってたよな、潜って探せってことか?」
「それは行ってみないとねーわかったのは湖の『中』ってだけだしぃ?ま、今くらいなら水に入ってももうそんなに寒くないから大丈夫っ。ねっ」
ジルコンが何故か楽しそうにカサンドラの方へ視線をやる。
「……カース?顔色悪いぞ?」
「……大いに気のせい」
訝しげにカサンドラを見ながら澪は馬上の人となった。
振り返った視線の先ではルギネスがギデオンに細々とした指示をしている。
「『ヴェルギリウス』までは通常往復で約4日。乗馬初心者を連れて山越えするから6日近くになると思う」
「こちらは私達で何とかなると思いますが、お早目にご帰還を。お気をつけて」
「なー俺やっぱり心配だし残っとくって」
カサンドラが割り込んで進言する。
「いいえ、お気使いは有難いですが若様も最近はお忙しかったわけですし、数日ですが少しは羽根を伸ばしてきてください」
100%好意のみで構成されたギデオンの言葉と同意する(むしろ自分達も行きたいと言わんばかりの)兵士達の笑顔にカサンドラがあからさまに嫌そうな顔をする。
「……いい加減観念しておけ」
ルギネスがため息をつきながらたしなめた。
ギデオンや町の人々に見送られてルギネス・カサンドラ・エレンと澪達三人は出発した。
石精霊と言うだけあってジルコンは本体という精霊石の形でルギネスの荷物の中に同行している。
春の空は晴れ渡っていた。




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