「くそうなんで俺あそこで代わってくれなんて言っちゃったんだよぉぉぉぉぉぉぉ」
机に突っ伏しておいおいと泣く幼馴染に私はため息をついた。全くなさけない。
目の前で泣いている男は『エレン様の鞭で打たれ隊』……あ、今日だけ名称が違うんだったか?の一員だ。
一週間以上前からプランを練っていたにもかかわらず出し抜かれたらしい。
「ふつーに考えたらわかるじゃない。馬鹿じゃないの」
愛用の弓の手入れをしつつジト目で言ってやるとますます涙を溢れさせて何故だかじたばた暴れだした。
……お前いくつだ。
そんな私の心情を察知したのか暴れるのをやめ、きっとこっちを睨みつけた。
涙目で睨まれても怖くもなんとも無い。びしっと私を急に指差す。人にそんなことをしてはいけないと習わなかったのだろうか。
「酷いぞ!傷心の人間に向かって!!訴えてやる!」
どうしようもなくなって私に八つ当たりをする事にしたらしい。
今年は該当者が二人いてどっちをいじめていいのかわからないとかもそういえばさっき言っていたような。
まぁでもある意味可哀想だし(頭が)私も鬼じゃない。少しは優しくしてやろう。
私は自分に出来る最高級の笑顔を浮かべてヤツの瞳を見つめて唇を開いた。
 
「ウザい」
ぐっと立てた親指を思いっきり下に向ける。……ちょっとはしたなかっただろうか。
「ああああああああいじめられるーいじめるうううううこわいよー」
顔面を蒼白にしてヤツが後ずさる。
「なによちゃんと笑顔で慰めてあげたでしょ!」
「慰めてない笑顔怖い逆効果です怖いです!」
人の笑顔が怖いとはこいつ喧嘩売ってるんだろうか?
 
「あーあ……エレンさんなら絶対そんなこと言わないぃ……」
さっきまで慌てていたかと思うと急にほわわんと妄想モードに入る。うわぁ空気がピンク色。
考えるだけで幸せなんだろうな、と思ってちょっとムっとする。
エレンさんはそりゃ可愛い。女の私から見ても可愛い。寧ろ嫁にしたい。
性格だっていいのにあの大きくて綺麗な目。細い指先。ふわふわの耳。
しかもスタイルだっていいですよ……パーフェクトだ。
それに比べて私はっていえば共通点は獣人だってことくらいで(しかし兎と猛禽類とはえらい差だ)
目は怖いし気性は荒いし手だってなんだか普通の女の子よりごつごつしてる気がする。
爪は硬くてすぐ伸びる。
胸は……ないほうが弓手としてはいいし!?
泣いてない泣いてない。
少々落ち込んでいる私の耳にうっとりしたヤツの声が入ってきた。
「あーあこんな鷹女じゃなくてエレンさんが幼馴染だったら良かったのに……」
 
ぶちっという音が聞こえた気がする。
 
 
「で?気が付いたらアッパーカットをかましてた?んでさすがに悪くなって逃げてきた?」
うん、と頷きならが茶をすする。いきなり押しかけられた友人が呆れ顔で言い放つ。
「馬鹿じゃないの」
あーその台詞ついさっきまで言う側だったんだけどな……!
くぅっと呻いているとふと机の上の可愛らしいラッピングが目に止まった。
「……それ、何」
「あ、これ?ほら私ってルギネス様に憧れてるじゃない……?」
「そういえばそうだったね」
「だから、用意したんだけど……恥かしくて渡せなくてっ」
きゃっと友人が真っ赤な顔を手で覆う。なんかここも空気がピンクだ。
「あとルールもあるし」
「鉄の掟怖いらしいね……」
うふふと遠い目をして笑う友人の肩をぽんと叩く。
ルギネス様のファンクラブ(のようなもの)は色々厳しいらしいと聞いた。
うう、女は怖い。
「義理っていって渡しちゃえば?本命って渡してもいまいちわかってもらえなさそうだけど」
「だから恥かしいんだってば!……とにかく、あんたもアッパーカットはやりすぎ」
あ、話変えられた。
「ほらせっかくバレンタインだし、お菓子渡して仲直りしたら?」
にっこり微笑まれて厨房を指差された。……私が不器用なのを忘れたのかしらこの子は。
 
結局その日は厨房を爆破しかけて日が暮れた。
 
次の日。
昨日へこんでた男は錯綜する情報に混乱していた。
若様からの情報で、いじめる対象がルギネス様になるらしい。……色んな意味で難しいな。
私に殴られた事はもう忘れているらしい。悔しいので反省したことも撤回することにした。
次回は空中コンボを決めようかと思う。
混乱してるヤツの頭に結局友人に作ってもらったお菓子の袋を置いて立ち去ってみた。
一瞬ぽかんとした顔が見えた気もするけれど、その後どうなったかは知らない。


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