すこしだけ、昔の話。
「……嬉しそうだな」
普段は何も無い部屋は、今や膨大な量の武器で埋め尽くされていた。
一つ一つが名品であろう鈍い輝きを放つ。
刃物から鈍器に暗器、弓……使い方すら理解できない謎なものまで何でもござれとばかりに無節操に取り揃えてある。
「そーかぁ?」
その中で武器を手入れしているカサンドラに、ルギネスは呆れ顔でため息をついた。
彼のコレクションはここにあるだけではない。いくつあるかは考えたくも無い量だ。
手の内にある武器を丁寧に手入れしながらカサンドラが幸せそうに頷く。
「やっぱさーしまっとくだけじゃなくてたまには手入れしないと可哀想だしな」
「……」
確かにそれは一理あるが、では彼のやるはずだった仕事まで押し付けられた俺は可哀想ではないのかとつっこみたくなる。
小言を言おうと口を開きかけた瞬間、ふと立てかけてある剣に目がとまった。
ルギネスがよく使うような細身の剣。
殆ど飾り気がないというのに、数ある武具の中でも重厚な輝きを放っていた。
「いい剣だな」
手にとり、感触を確かめる。鞘から抜くと、すらりと静かな音が鳴った。
「あっわかるわかる?それこの中じゃ一番なんだよなーもーそれ手に入れるのすっげー苦労してこれさぁここの」
「ちょっと待て。その解説は何分くらいかかる?」
嬉しそうに語りだしたカサンドラをルギネスが慌てて静止する。
「んー……1時間以内には終わらせるけど」
「……じゃあ解説はいい」
えー、と不満げなカサンドラを横目に軽く剣を振るう。素晴らしい馴染み具合だった。
「久しぶりのアタリなんだー。それすげー斬れるよデザインも申し分無いし」
上機嫌にカサンドラが自慢する。確かに彼が気に入るに十分な武器だとルギネスは納得した。
もう一度軽く握りなおす。
「おいコラあんま触んなよそれ貴重なんだから。いつもみたいに壊したらしゃれになんねー」
わかったわかった、と剣を置こうとした瞬間。
「西門近くに魔物出現!総員援護に向かってください!」
廊下で誰かの叫ぶ声が聞こえた。
砦内に緊張が走る。
「またか……いくぞ」
即座に反応してルギネスが駆け出す。
……その剣を携えたまま。
「ちょ……!!それ置いていけっておい!マジで!お前が使うと壊れる!」
カサンドラの叫びは聞き届けられることはなかった。
 

「で、案の定ルギネス様は折っちゃったんですね」
目の前には不機嫌丸出しの銀髪の青年と先が折れた細剣。
機嫌が悪い事がめったにない彼の露骨な態度に、ルギネスに機嫌をとってくれと頼まれたエレンがやれやれとため息をついた。
「俺折るなって何回も言ったわけよ。戦闘中も」
「はい」
「でも心配だったから頑張ってぶったぎったし」
「何時もの数倍お強かったと皆褒めていましたよ」
「でも最後の最後で……」
「もう、仕方ないじゃないですか。ルギネス様も謝ってらしたんでしょう?」
「謝っても俺の剣もどらねーしあいつこれで俺の折るの8本目だし」
「武器は使われてこそ幸せだっていうじゃないですか」
「……俺以外が使うのヤダ」
「そんなワガママ言っちゃだめですってば……」
未練を捨てきれない表情でカサンドラが剣を見つめる。
先程見せた鍛冶屋には元が凄すぎて完璧に戻すのは無理だと言われたばかりだ。
「でもその剣のお陰で怪我人がすごく少なかったじゃないですか。ね、いい事もあったでしょう?」
諭すようにエレンが微笑う。
しばらく考え込んだ後、カサンドラが呟いた。
「むしろルギネス死ねばこれ折れなかったんじゃねぇ?」
その言葉にエレンの動きが止まる。
「……冗談でも言っていい事と悪い事がありますよ?」
先ほどと同じはずなのに冷気の漂う笑顔でエレンが首を傾げた。
近くにいたギャラリー達が思わず後ずさる。
「いや別に冗……ああそうですもう冗談です!わかったよ諦めろっつーんだろ!」
むっとその笑顔に嫌そうな顔をしてカサンドラが大きな音を立てて立ち上がる。
「若!いい加減に……」
「もーしらねーエレンの隠れ年増!ちびっこ!ついでにルギネスは今までに折った127本の武器に謝れ!」
そう八つ当たりめいて言い捨てると折れた剣を引っつかみ走り去っていった。
「数えてたんだ……」
それを呆然と見送って、ギャラリーの誰かが思わず呟く。
そして恐る恐る視線を動かし、エレンの何時もより美しい微笑みを視界に入れると

その場から全員が逃げ出した。

数日後。
「で、若はまだ帰ってこないんですか?」
「いい年して家出って……自分の状況自覚してるんですかねぇ。ルギネス様あっちの人にイヤミ言われてましたし……」
「一応捜索しようか?って話になったんだけどエレンさんが『必要ない放置でいい』っていうから……」
「エレンさん怖かった……けどやっぱり綺麗だなぁ」
噂話に兵士達が花を咲かせていると、門の方から騒ぎが聞こえてきた。
「あ、帰ってきたみたいですね」
彼は出て行ったときとは正反対のとてもいい笑顔で帰ってきた。
「若様おかえりなさい!何処いってらしたんですか?」
「いや、もーどうしても諦め切れなくてちょっとツテあたってみたら直せるいい鍛冶屋がいてさぁ」
手には完璧に直っている細剣と、重そうな袋。
「持つべき知り合いはヒトゴ…じゃない、その道のエキスパートだよな」
うんうんと頷きながら満足そうに呟く。
直してきただけでなく、戦利品も手に入れて帰ってきたんだな、とその場に居た人々が納得する。
「でもしばらく無断で離れてたんですから今日は確実にお説教としばらく仕事漬けですよ?」
「あー……でもしょうがないよな!俺が悪いし!」
そうさわやかに言い放ちながら駆け寄ってくる子供達にお土産を渡している。
花飛んでそうな空気の中、急に人垣が割れた。
「お帰りなさいませ、若」
「あ、エレンじゃん!はいみんなにお土産ー……って……エレンさん?」
にこにこと包みを差し出して、エレンの表情をみてカサンドラがかたまる。
「ありがとうございます。ご無事で何よりです」
「あ、うん……?」
「とりあえず、落ち着いたらすぐにホールまで来てくださいね」
蕩けんばかりの優しい笑顔。カサンドラがだらだらと冷や汗を流す。
「お、おう……」
「じゃあ、失礼しますね。あ、ご飯はそのあたりの植物でも勝手にお食べください」
軽やかにエレンが去っていく。
カサンドラが土産を渡した姿勢のまま近くの兵士に声をかける。
「あのさぁ」
「は、はい?」
「……エレン様お怒り?」
「そりゃそうでしょう」
「確かに無断ででてったのは悪いけどあそこまで……」
こえーよ、と顔を青くするカサンドラに周りがますます青ざめる。
「若……あの、出て行く前にエレンさんに言った事覚えてます?」
「え?なんか言ったっけ?俺あんときもう折れた剣のことで頭が一杯で」
「……若短い間でしたがお世話になりました骨は拾います」
 
その後、生きて帰ってきてくださいと皆に見送られて行ったホールには膨大な量の仕事と寝不足で恐ろしさ5割増しのルギネスの説教、
ファンクラブ会員ならびに女性陣からの小言などがフルコースで待ち構えており、許してもらえるまでの日々をものすごくぐったりしながらすごしたそうです。


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