我らがアイドル、エレン=メイ=フェアリさんの朝は早い。
東の空が白み始める頃には、既に厨に立っておられる。人によって様々な好みの朝食をその人にあわせて手早く作ってしまわれる。
レイさん、コトナさん、カスガさんが来られてからは、そんな朝の光景も少し変わった。
ほとんど一人で作っておられたのが、同じくらい早起きなレイさんと一緒に作るようになられた。一人で他の方々の朝食を作りながらご自身も食べておられたようだが、最近は二人交代しながらゆっくり食べているらしい。
『らしい』というのは、起きたときには既に食べてしまわれたあとで、見たことが無いからだ。
さて、人によってエレンさんが作り分けておられる朝食。
ルギネス様は朝はあまり召し上がらないようで、小さく切った乾パンと果物。濃いめに煎れたお茶。
若様は普段と変わらずむしろ多め。丸パンと野菜のスープ、焙った干し肉。猫舌らしいので少し冷ましたミルク。
コトナさんも量は少な目でも若様とほぼ同様。ただ、猫舌では無いようなのでよく温めたミルク。
カスガさんは普段からよく食べる。エレンさんと体格も変わらないのに三倍以上食べる。だから、バケットが二本とエレンさんお手製のバター。特別に具沢山の野菜スープにキノコのソテー。羊の腸詰めを温野菜サラダに添えて、温めたミルク。
これだけの方々が食べ終えると、最近は食器洗いをレイさんかコトナさんに任せて洗濯。
合計六人分。時々我々の物も混ざるので膨大な量になる。それさえもあっという間に済ませてしまわれると、カスガさんと談笑しながら干していかれる。
まるで絵に描いたような穏やかな光景は、訓練中の我々の密かな楽しみの一つになっていたりする。
 
日も天高く昇って昼食前。
繕い物を終えたエレンさんが大人数の昼食作りを始める。
我々は自宅に帰れば昼食もあるのだけれど。エレンさんの「食べて行かれては?」と言うお誘いが断れるはずが無いわけで、昼食はいつも二十人近くになる。
ここでも今まではエレンさん一人が作って下さっていたのだけれど、レイさんや時々カスガさん、コトナさんとも一緒に作っておられる。
一緒に食べる、何てことはまずなくてやはり皆さんは作っている間に食べておられるらしい。(カスガさんは一緒に作っていても我々とも一緒に食べておられる。……どれだけ食べられるのだろう?)
今日の昼食は、メインが干し肉と野菜のポトフ。他に山羊の腸詰めの薫製、焼きたてのパンが山盛り。冷たいお茶や水。
食後に果物やお手製の焼き菓子が出てきたりするとそのままお茶の時間になる。(我々の至福の時間だ)
異国から来られたというカスガさんにとって、ここで見聞きしたことは何でも珍しいらしくて、今朝見た花や雲の形、町の人の話なんかを色々と話題にされる。
どんな些細なことでもエレンさんはニコニコと楽しそうにお聞きになり、時々コロコロと笑われるとこの世に争いなんか無いんじゃないかと思えてしまうくらい穏やかな空間になる。
やがて訓練が再開されるが、エレンさんともう少し一緒にいたかった我々がやる気にならないのはよくある話だったりする。
 
日も翳って黄昏時。
町の診療所を手伝っておられたエレンさんが戻ってきて洗濯物を取り込んでおられる頃、見張りの弓兵から伝令が入った。
東門が魔物に強襲されたらしい。
訓練の片付けを始めていた我々が慌てふためく中、逃げてきた人々を落ち着かせながら避難所へ誘導しているのはエレンさんだ。
細くて小さい手には憧れの……もとい、愛用の鞭が握られている。
先に飛び出していった若様やルギネス様を追って走り出した時、不意に空が翳った。
見上げると目の前には、かぎ爪。
もうダメだっ。
思った瞬間、風を切る鋭い音。
目の前にあったかぎ爪は上空に舞い上がっていた。
エレンさんの鞭に強打された恐鳥は、鋭い牙の並ぶその嘴から耳をつんざく奇声を発した。
何か、来る。身構えた我々の背後から再び、鋭い音がした。
操られた革の帯がしなやかに、かぎ爪の生えた太い足に絡みつく。恐鳥が気を取られた瞬間、黒っぽい影が空中に舞った。断末魔を上げ続ける陽光が刃に弾かれる。
一閃。
空の王者が、墜ちた。
 
エレンさんとコトナさんのおかげで、町の中で怪我人は出なかった。
でも、エレンさんの手を煩わせた、と言うことで前線に出ていた連中に怒られた。というか、格好いいエレンさんが見れなかった、と言うのが本音のようだ。
戦闘中に見せる引き締まった表情とは裏腹に、怪我人の手当をするエレンさんは穏やかな顔をしておられる。錯乱する怪我人達の間をクルクルと駆け回っておられる。
時々垣間見える憂い顔に、次回こそは怪我人を出さないように警備を強化して頑張らないとっ、と思う。(でも、怪我したらエレンさんが心配してくれるし。大概の怪我は治してもらえるしなぁ……)
 
騒ぎも治まって夕食時。
今夜のメニューは、潰した蒸し芋とチーズを載せてこんがり焼いたパンと干し肉のスープ。新鮮な野草のサラダ。香辛料のきいた焼き菓子や果物のジャム、固いチーズなんかも並んだ。
今夜は直前まで色々あったので大人数だ。ミルクやお茶、水に加えて果実酒や乳酒も出たりして、そのまま宴会になる。
エレンさんもこの時ばかりは一緒なのだが、ちゃんと食べておられるのかわからないくらいに動いてらっしゃる。
やがて宴もたけなわとなって、各々解散となる。
したたかに酔っぱらった連中の介抱をしてやったり、大人数分の食器を洗ったり、翌日の食事の準備をされたりとエレンさんには休む暇もない。
それらも終わる頃には深夜になっている。
既に眠っている皆さんに配慮されてかお一人で、時には声も密やかに物静かなレイさんとお二人で、静かにお茶の時間を楽しまれている。起きておられる間の、数少ない休息だ。
しばらくしてお湯で身体を拭われて寝台に向かわれる。
書き物や繕い物の続きをされてお休みになる頃には夜半も過ぎて、夜間巡回も交代に近い。
そしてまた、お忙しい朝が来るのだ。
 
『エレン様の鞭で打たれ隊』メンバーによるレポート


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