またしても大振りの戦斧の一撃を横に飛び退いて避ける。
固まっていては避けにくくてしょうがないので出来るだけ仲間から離れる。
最初の一撃で馬鹿力なのは承知していたので愛用の長剣で受けることは考えない。
カサンドラは不敵に笑いながら相手の隙を窺う。
どちらかというと隙は作る方なのであまり得意ではない。だが、いつものように戦っていては疲れからこちらに隙が出来てしまう。
「……俺、あんまり忍耐強くないんだよなぁ……」
訓練されているのかなかなか隙を見せない魔物兵に、焦りを軽口で誤魔化しながら強烈な一撃を右に左に避け続ける。
交錯する一瞬に斬りつけてみるが分厚い装甲の鎧に阻まれて思うようにダメージを与えられない。
「ムダだ、スナオにシぬの、イチバンラク」
笑いを含んだ獣の声と共に薙ぎ払ってくるのをしゃがんで避けると、その反動を利用して開かれた懐に入り込む。
「……そう簡単に、死にたかないな」
一段低い声。右手に長剣を持ったまま、左手を魔物兵の喉に伸ばす。
左手が、生暖かいもので濡れていく。
左の袖口に仕込んだナイフが冗舌だった魔物兵の喉笛に突き立てられていた。


カサンドラが軽口混じりに魔物兵の攻撃を避け続けていた頃、ルギネスは一回り大きい魔物兵と対峙していた。
「……王家管轄区、だと?」
静かに呟くルギネスに馬鹿にしたような魔物兵の言葉が投げられる。
「そんなことも……知らないのか?……ここは……王直属の……王家軍が……統括している」
「……王、ではないだろう」
茫洋と定まらない視線が一瞬、鋭い光を帯びて魔物兵に突き刺さる。
「偽王と邪神の手先に、やられはしない」
ルギネスの細剣が魔物兵の眉間を貫いていた。
痛みにのたうち回るように戦斧が振り回される。俊敏に避けながらルギネスは確実に魔物兵を追いつめていった。


一方、一際小柄な魔物兵と対峙している琴菜は微動だにしない。
自らの優勢を信じて疑わない魔物兵を見据える左右色違いの目が、細められた。
一瞬の闘気。赤みがかった長い黒髪が僅かに舞い上がる。
顔色を変えた魔物兵の斧は柄の所で真っ二つに両断され、その手には短い木片だけが残された。
醜悪な顔をさらに醜悪に歪め、何かを言おうとした魔物兵は喉元に絡みついた何かにようやく気付いた。
背後から巻き付いたなめし革の先には、嫌悪感に眉をひそめたエレンがいた。
「ここは、あなた方のいるところではありませんよっ」
珍しく鋭い口調で言い切ると、渾身の力で鞭を操る。
急所に絡みついた鞭に抵抗することも出来ず魔物兵は地面に叩き付けられた。

澪と春日は四人が魔物兵に向かっていくのと同時に投げ出された男達の元へ走った。
「おじさん!だいじょうぶ?!」
春日が眉尻を下げて、ぐったりと倒れた商人にすがりつく。
その背後に立った澪は、先程操った炎を物陰に隠れるようにして隙を窺っていた魔物兵に向かって容赦なく放つ。
魔物兵は突然生じた炎に無様な悲鳴を上げながら鈍い憎悪の光を湛えた視線を澪に投げると、炎を纏ったまま澪と春日に向かって突っ込んできた。
琴菜と良く似た、剣を抜かずに腰を落とした居合い抜きの構えをとる。鯉口を切ろうとした瞬間、目の前に質量を纏ったしなやかな背中が立ちはだかった。
耳慣れない旋律。轟音。
くるりと振り返ったジルコン越しに見やると、突き上げられた岩に挟まれてもがく魔物兵の姿があった。

澪が呆然とした視線を魔物兵からジルコンへと移した。
藍色と明るい茶色の瞳が交差する。
岩に阻まれた魔物兵が突然勢いを増した炎を纏って崩れ落ちるのを見ようともせず、ジルコンが飄々とした空気を崩さないまま笑った。
「すごいな」
思わず呟いた澪にジルコンが肩をすくめる。
「……君ほどじゃないよ」
「おじさん、おじさんしっかりして」
意識の無いらしい商人をおろおろと揺さぶる春日の声に澪が我に返った。
商人は片手が有得ない方向に曲がっている以外に特に外傷は見当たらなかったが、意識がないのが気に掛かる。
「春日、あまり動かすな」
春日からを商人から引き離すのと同時に、背後から足音が聞こえた。
「息はありますか!?」
エレンが商人の脇に屈みこみ、脈を確かめる。
厳しさを湛えていたエレンの表情が安心したように強張りを消した。
「大丈夫、気を失っているだけですね。……良かった」




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