「明日から少し、移動ペースを上げようと思う」
ぱちぱちと小さく焚き火の音が響く中、ルギネスが思案顔で言った。 「コトナは慣れていないから道中きついかもしれないが頼む」 急に片方だけの視線を向けられて、エレンと共に食事の準備をしていた琴菜が慌てて首を振った。 「あ、あぁ気にしないでくれ。湖が枯れるなんてよっぽどの事だろうし」 「ヴェルギリウス周辺は水の恩恵の街ですから心配ですね……。いくらなんでも完全に枯れてるとは思いたくないですが、水車は大丈夫でしょうか」 ゆっくりとスープをかき混ぜていたエレンも顔を曇らせる。なんとなしに剣を触っていたカサンドラが答えるように頷いた。 「雨もそれなりに降ってた。と言っても降らなくてもそんな簡単に干上がる量じゃないし……。水ありすぎるのも困るけど無いのも困るよなー」 「ええ……湖畔の、パッペで汲めると思っていたのであまり水を余分にもってきていないんです。念のため少し節約していきましょう」 着々と準備されていくスープと軽く暖めたパン。エレンの言葉通り水気の物は少々量が少なかったが、全員が頷く。 「日も落ちてきたし今日は休もう。明日早朝に出発する」 夜の森は不気味なほど静かで、焚き火の傍でなにやら相談しているらしいルギネスとカサンドラの声だけが微かに響く。 旅に慣れていない琴菜と春日はすでに小さめのテントの中で柔らかに寝息をたてている。 その横でエレンもうつらうつらしているようだった。 澪は気づかれないようそっとその場を離れた。周りから死角になった場所で、体の力を抜く。 藍色の瞳が伏せられ、濃紺の髪が微かな風を孕んで揺れた。 すぅと息を吸い込み、そっと唇を開こうとした瞬間。 「なにしてるの?」 背後から声をかけられて瞬時に振り返った。 さっきまでは石に戻っていたジルコンが何時の間にやら人型になっていたらしい。 「……別に、何も。ちょっと夜風にあたりたくなっただけだ」 気づかなかった自分を恥じるように澪が僅かに目を細める。 「風、気持ちいいもんねぇ」 優しく微笑みかけてくるジルコンに澪は何故か戸惑った。 「あ、あぁ……」 そんな澪をジルコンは穏やかに見つめている。 「……なんだ?」 まっすぐに視線を向けられてさすがに訝しげに問う澪に、ジルコンが視線を落とし、首を振った。 「なんでもないよ。邪魔しちゃって、ごめん」 くるりと身を翻し、去っていく。最後に一瞬だけ、振り向いた。 「僕らを守ろうと、してるんだよね」 「!?」 思いがけない言葉に澪が一瞬体を硬くさせる。 問いかけようとした次の瞬間にはジルコンの姿は消え、夜の闇を映す木々と、それを灯す僅かな光だけが見えた。 翌朝は宣言どおり日の出と同時に出発した。 先日より進むペースをあげ、黙々と道を行く。 「……あ」 二時間ほど走った頃、カサンドラが急に前方の道を見て眉を顰めた。 今まで進んできた道に、違う道が合流している。 「どうした?」 「ちょっとスピード落として止まる」 訝しげに問うルギネスに答えながら、自らの言葉とは反対にスピードをあげ、合流点へと向かった。 「若?どうし……っ!」 彼の行く方向に目線をやったエレンも顔を強張らせた。 「エレンちゃん?」 心配そうに見上げる春日にも気づかず地面を凝視する。 「……なんだか、地面がぼこぼこしている?」 「大量の轍跡と足跡、か?この地面結構硬いのに……」 琴菜と澪の呟きに、不審げに目を凝らしていたルギネスが何かに気づいて目を見開いた。 すでに合流点で馬をおり、嫌そうに地面を観察するカサンドラの元へすぐに向かった。 「新しくはないな……やばいかも、ヴェルギリウス」 「……」 湖畔の町へと続いているのは大量の轍跡と馬のものだけではない足跡。 最近付けられたものではなさそうでありながらかなり重いものが通ったのかしっかりと残っていた。 |